🟥あのとき、心が折れた
「もう無理かもしれん…」
あの日、ひとり部屋でうつむいたまま、そう呟いた。
誰よりも真剣に向き合ってきたつもりだった。
寝る間も惜しんで、周りにどう思われようが関係なくて。
とにかく「結果を出したい」その一心だった。

でも、現実は残酷で。
全然うまくいかない。
認めてもらえない。
やってることが空回りしてる気がして、
気づけば、そんな自分すら否定してた。
「俺って、ほんま何もできないやつなんかもな」
辞めた瞬間は、正直ホッとした。
でも、それも一瞬やった。
あとからじわじわと襲ってきたのは、
他人の評価でも、親の言葉でもなく──
**“自分が、自分を見限ってしまった後悔”**だった。
逃げた自分が許せなかった
「逃げたな」って言われたことがある。
けど、ほんまにキツかったのは
誰よりも自分で、自分を責めてたことだった。
「俺、また中途半端に終わらせたんちゃうか」
「どれだけやっても、どうせ同じことの繰り返しや」
朝が来るのが怖くて、
SNSを見るのも苦しくて。
“成功しました”みたいな投稿が眩しすぎて、
ただただ自分のダメさを突きつけられるような気がしてた。
やりたいことが浮かんでも、どうせできない。
履歴書を開いては閉じて、
打ち合わせの予定を入れては、
理由をつけてキャンセルしてた。
挑戦する資格なんて、俺にはない”って
いつの間にか、未来を諦めることに慣れてしまってた。
小さな気づきからの再スタート
でも、ある日ふと心に浮かんだ言葉があった。
一回の失敗で終わる人生なんて、つまんないな
逃げたことも、ダメだった経験も、
全部“自分の一部”として受け入れるしかない。
それを背負ってでも、前に進みたい。
誰にどう思われようが関係ない。
大切なのは、「自分がどうしたいか」だった。
それまで怖くて避けてた打ち合わせの予定を、久しぶりに入れた。
日程を決めて、場所を調整して、内容をまとめて──
たったそれだけのことなのに、
パソコンの前で震える手を、ギュッと握りしめた。
“怖い”と“やってみたい”が、同時に胸の中にあった。
でもその日、「またやってみよう」と、自分で決めたことが、ちょっとだけ、誇らしかった。
やり直せる。何度でも
打ち合わせが終わって、帰り道。
電車の窓に映る自分の顔が、少しだけ晴れていた。
ふと昔のことを思い出して、ひとりで笑ってしまった。
「そういや俺、インターフォン逆さにつけたことあったな…」って。笑
あの時はめちゃくちゃ怒られて、穴があったら入りたかったけど、
今思えば、そんな失敗すら愛おしい。
失敗しても、人はまた動ける。
過去にしくじっても、
挑戦してた“あの時の自分”がいたから、今の自分がここに立ってる。
正直、まだ不安はある。
でも、少しずつだけど前に進めてる。
自分の足で、自分の意志で、人生を選べてる気がしてる。
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